【第6回:Alibaba Cloudではじめるマルチクラウドのすすめ】日本CTO協会主催 新卒エンジニア合同研修レポート
はじめに
大規模なシステム障害やベンダーロックインのリスクが叫ばれる現代において、皆さんは「マルチクラウド」の真の価値を理解し、アーキテクチャに組み込めているでしょうか?日々の開発業務のなかでは、AWSやGoogle Cloudなどがファーストチョイスになりがちですが、特定の市場やビジネス要件に対して圧倒的なアドバンテージを持つ「もう一つの選択肢」を見落としているかもしれません。
私は日本CTO協会が主催する新卒エンジニア合同研修に参加し、第6回目のテーマである「Alibaba Cloudではじめるマルチクラウドのすすめ 〜世界最大の電子商取引サイトを支えるAI+クラウド技術〜」の講義を受けてきました。
世界最大のショッピングサイトを支える超巨大トラフィック処理の裏側から、単なるリスク分散にとどまらないマルチクラウドの重要性、そしてインフラの常識を覆す「AIエージェント時代」の最新動向まで、目から鱗が落ちるような知見を数多く得ることができました。これからの時代を生き抜くエンジニアとして知っておきたいインフラの未来を、研修の熱量と共に体系的にお届けします。
研修会場の様子
Alibaba Cloudの概要と特徴
Alibaba Cloudは、世界最大の電子商取引サイトであるアリババグループのITインフラを支えるクラウドサービスです。AIやビッグデータ技術を高度に統合しており、ワールドワイドオリンピックパートナーとしても最先端の技術を提供しています。
2023年のデータに基づき、パブリッククラウド市場においてアジア太平洋(APAC)地域でNo.1、グローバルでNo.4のシェアを誇ります。国際的なセキュリティ認証(ISO 27001、MTCS、PCI-DSSなど)にも準拠しており、グローバルな事業発展を強力にサポートしています。
Alibaba Cloudの主な特徴は以下の4点に集約されます。
アジア市場での圧倒的優位性:アジア太平洋地域での深い統合とインフラ展開
圧倒的な規模:「独身の日(11/11)」などの超大規模なトラフィックを処理できる実績
セキュリティ:各国の厳格なデータ保護法に準拠した最高レベルのセキュリティ体制
安定性・信頼性:独自アルゴリズムを活用した障害予測と、極めて高い可用性
クラウドコンピューティング入門
クラウドとは、インターネットを通じて必要な時に必要な分だけITリソースを利用できる仕組みです。身近な利用例としてGoogle Cloud、Dropbox、Spotifyなどが挙げられ、企業向けクラウドとしてはAWSやAlibaba Cloudなどが代表的です。
オンプレミスとクラウドの財務モデル
オンプレミスとクラウドの最大の違いは、財務モデルの転換にあります。オンプレミスが数百万〜数千万円のサーバーを初期投資として一括購入するCAPEX(資本的支出)モデルであるのに対し、クラウドは使った分だけ支払うOPEX(オペレーティング費用)モデルであり、初期投資ゼロで迅速にビジネスを開始できます。
世界基準(NIST)が定義するクラウドの5大特徴
ただインターネットを介して利用できるというだけでなく、そもそも「どこからどこまでが真のクラウドなのか」という公的な定義を定めたのが、米国の政府機関であるNIST(米国国立標準技術研究所)です。IT業界において、このNISTによる定義はクラウドの本質を体系的に理解するためのもっとも標準的な世界基準(デファクトスタンダード)として広く用いられており、講義でもクラウドの共通認識を正しく把握するためのベースとして紹介されました。
NISTが定義するクラウドには、主な特徴が以下の5つあります
セルフサービス(On-Demand Self-Service)
どこからでもアクセス(Broad Network Access)
リソースのプール化(Resource Pooling)
迅速なスケール(Rapid Elasticity)
従量課金(Measured Service)
この5つの特徴の中でも、特に4つ目の「迅速なスケール(Rapid Elasticity)」は、クラウドの真価や圧倒的なメリットを理解する上で非常に重要なキーワードです。
ここでよく議論になるのが、「Elasticity(弾力性)」と「Flexibility(柔軟性)」の違いです。Flexibilityはアーキテクチャ全体の長期的な変更への適応力を指すのに対し、Elasticityは負荷の増減に合わせて「自分が使いたい分だけ使う」リアルタイムなリソースの自動増減を指します。Alibaba CloudのElastic Compute Service (ECS) はこの典型例です。
また、クラウドのサービスモデルはこれまでSaaS、PaaS、IaaSが主流でしたが、現在はAIの進化により、機械学習モデルをAPIとして提供するMaaS(Model as a Service)へとシフトしつつあります。
責任共有モデル
クラウド事業者と利用者の間には「責任共有モデル」が存在します。事業者は物理インフラやネットワークの運用管理を行いますが、VM上のOS、アプリケーション、顧客データの保護は利用者の責任となります。
クラウドのデプロイモデルとグローバルインフラ
クラウドのデプロイモデルには、誰でも利用できる「パブリッククラウド」と、特定企業向けに隔離された「プライベートクラウド」があります。また、オンプレミスとパブリックを連携させる「ハイブリッドクラウド」や、複数のクラウドプロバイダを組み合わせる「マルチクラウド」が普及しています。
マルチクラウドが重要な理由
プロバイダー依存(ベンダーロックイン)のリスクを分散し、価格競争を生み出し、各社の最適なサービスを組み合わせる「ベスト・オブ・ブリード」を選択できるためです。
主要ベンダー(AWS、Azure、GCP、Alibaba Cloud)にはそれぞれの強みがあります。Alibaba Cloudの特筆すべき強みは、強力なAIエコシステムと、日本と海外を自由かつ安全に繋ぐ越境ネットワーク技術(Cloud Enterprise Network: CENなど)です。
グローバルインフラの構成について
グローバルインフラの基本構成
リージョン:都市単位で展開される拠点
※日本国内では現在「東京」のみ展開されていますアベイラビリティゾーン(AZ):リージョン内に存在する、互いに独立したデータセンター群
データ配信の高速化(CDN)
世界中に配置されたエッジロケーション(コンテンツ配信ネットワーク)を活用する。ユーザーに最も近い場所からデータを高速配信する仕組みを提供しています。
代表的なクラウドサービス
コンピューティングとVM
コンピューティングは「データセンター > サーバーラック > 仮想マシン(VM) > コンテナ > サーバーレス」へと進化してきました。
Alibaba Cloudのデータセンターは独自開発の分散OS「Apsara OS」で稼働しており、仮想サーバーであるECSはこの上で実行されます。また、ストレージには「Pangu」と呼ばれる分散ファイルシステムが利用されており、高いIO性能とマイクロ秒レベルの低遅延を実現しています。このECSインスタンスはマルチゾーン構成で99.995%という業界最高水準のSLAを誇ります。料金体系は主に用意されているのは下記の2点です:
Pay-As-You-Go:従量課金
Subscription:サブスクリプション
ストレージの種類とユースケース
クラウドストレージは、目的やデータ形式に応じて主に3種類に分類されます。
ストレージタイプ | 主な特徴・用途 | Alibaba Cloudでの対応サービス |
ブロックストレージ | VMのシステムディスク等に利用 高速・低遅延な処理 | プレミアムクラウドディスクなど |
ファイルストレージ | 複数のノードからの共有アクセスに最適 | NAS |
オブジェクト | 画像やログなど無制限の非構造化データ保存に利用 | OSS |
※OSSにはデータのアクセス頻度に応じて、Standard、IA(Infrequent Access)、Archiveなどのストレージクラスが用意されています。
ネットワークとデータベース
分離された仮想ネットワーク「VPC」を基礎とし、周辺サービスとしてServer Load Balancer(LB)、DNS、CDNがシームレスに統合されています。
データベースにおいては、厳密なデータ整合性(ACID)に優れたRDB(リレーショナルDB)と、水平スケールに優れるNoSQLが提供されています。Alibaba CloudではRDSなどの「フルマネージドサービス」が中心であり、フェイルオーバーやレプリケーションの運用管理をクラウド側が担います。
特に自社開発のクラウドネイティブデータベースPolarDBは驚異的な性能を持ち、11月11日の「独身の日」にはピーク時で8700万〜1億4000万TPS(Transactions Per Second)という途方もないトラフィックを処理し切りました。
セキュリティとIaC
責任共有モデルの下、Alibaba Cloudは強力なDDoS対策「Anti-DDoS Pro」を提供しています。「独身の日」には世界中からの60億回ものサイバー攻撃を、人間とAIの協調(Human-Machine Collaboration)によって完全に防御しました。
また、インフラのコード化(IaC: Infrastructure as Code)としてTerraformや独自サービスROSを活用し、構築の自動化を実現しています。
将来的なステップ:AIデータセンターとSaaSの終焉
最後に、今後のクラウドとAIの未来についての展望です。
2030年には、世界のデータセンターの年間電力消費量が945 TWhに倍増すると予測されています。従来型のデータセンターが1ラックあたり5〜15kWであったのに対し、AIデータセンターではGPUの高集積化により20〜80kW以上(最大130kW)の電力を消費するため、水冷冷却(Liquid Cooling)システムへの移行が急務となっています。
さらに、ソフトウェアの在り方も激変しています。従来人間が画面を操作していた「SaaS」の時代から、自律型AIエージェントが業務プロセス自体を直接実行する時代へのシフトが起きており、SaaS is Dead(SaaSの終焉)という議論が活発化しています。
このエージェント型AIと外部ツールを安全に繋ぐための標準規格がMCP(Model Context Protocol)です。Alibaba Cloudの生成AIモデル(Qwenシリーズ)もMCPに対応しており、ローカルファイルやDBと直接対話・実行できる高度なエージェントの開発が可能となっています。
さいごに
今回の講義を通じて、インフラの柔軟性がいかにしてビジネスの急成長(スケールアウト)を支えているのかを、Alibaba Cloudの実例を通じて深く学ぶことができました。
特に、AIエージェントの台頭による「ソフトウェアの使われ方の変化」と「データセンターインフラの大転換」は、今後のエンジニアとしてのキャリアを考える上で非常に重要な視点だと感じました。
今後は単一のクラウドに固執するのではなく、マルチクラウドを適切に活用し、AIを前提とした次世代のアーキテクチャ設計力を磨いていきたいと思います。
この記事を書いた人
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